印象派

印象派の画家たち〜主要メンバーの一覧〜

印象派

後期印象派

 

印象派とは

印象派いんしょうは、または印象主義とは、19世紀後半にフランス絵画を中心に巻き起こった革新的な芸術運動である。

印象派は、モネやルノワール、ピサロといった当時パリで活動していた若い画家たちのグループによって確立され、徐々に広がりを見せる。

当初、印象派はフランスの伝統的な規範を重んじる美術界から激しい批判を受けるも、独立した展覧会「印象派展」を1870年代から1880年代にかけて開催し続け、次第に支持を集めるようになった。

エドゥアール・マネは、印象派展には一度も出品していないことから、正確には印象派のメンバーとは言えない。

しかし、その端緒とも言える作品を発表するなど若い芸術家たちに多大な影響を与えたことから、マネは「印象派の父」と称される。

印象派という名称は、第一回の展示会に出品されたモネの作品『印象・日の出』に由来する。

このモネの絵が、パリの風刺新聞『ル・シャリヴァリ』で批評家ルイ・ルロワに皮肉交じりに取り上げられたことなどがきっかけとなり、「印象派」という言葉が生まれる。

画家一覧

エドゥアール・マネ
1832 1883

エドゥアール・マネ『自画像』 1878 – 79年

エドゥアール・マネ(Édouard Manet、1832年 – 1883年)は、19世紀半ばから後半にかけて活躍したフランス画家

伝統的な絵画の形に捉われることのない画風で近代的なパリの情景を描き、新しい潮流を美術界に呼び込んだ。

特にセンセーショナルだったのが、1860年代にマネが発表した代表作『草上の昼食』と『オランピア』。

この二作は絵画の世界に大きなスキャンダルを巻き起こし、激しい批判を浴びる。

印象派展に一度も参加したことがないことから、正式なメンバーとは言えないが、印象派の画家にも影響を与え、印象派の指導者や先駆者として美術史に位置付けられる。

作品

小さな伝記

逸話エピソード

 

クロード・モネ
18401926

クロード・モネ『自画像』 1886年

クロード・モネ(Claude Monet、1840年 – 1926年)は、印象派を代表するフランス画家

光を繊細に捉えた画風が特徴で、代表作『印象・日の出』(1872年)印象派の名前の由来になっている。

その他、『睡蓮』のシリーズや、『ポプラ並木』のシリーズなど、一つの風景の刻々と移り変わる風景を捉えようと同じモティーフで多数の作品を描いたことでも知られる。

作品

小さな伝記

逸話

 

カミーユ・ピサロ
1830 − 1903

カミーユ・ピサロ『自画像』 1873年

カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro、1830年 – 1903年)は、デンマーク植民地時代のセント・トーマス島で生まれたデンマーク系フランス人で、印象派および新印象派の画家。

印象派のメンバーのなかで、計8回の印象派展の全てに参加した唯一の画家であり、パリの都市部や近代的な風景ではなく農村の風景を主に描いた画家として知られる。

ピサロは、クールベやコローといった写実主義の画家の影響を受け、その後、印象派のメンバーとして活躍する。

また、スーラやゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンといったポスト印象派の画家たちにも影響を与えた。

 

エドガー・ドガ
1834 − 1917

エドガー・ドガ『自画像』 1855年

エドガー・ドガ(Edgar Degas、1834年 – 1917年)は、バレエの絵が有名なフランスの印象派の画家。

印象派の創設者の一人と言われるが、ドガ自身は、自分のことを印象主義よりも写実主義だと主張し、「印象派」と呼ばれることを嫌った。

踊り子や競馬場など、動きのある絵を数多く残し、モネのような明るい世界ではなく、むしろ都市部の暗部を古典的手法によって描き出した。

ドガは、気難しく皮肉屋の性格ゆえ、仲間たちとの衝突も多く、生涯独身でもあった。

 

アルフレッド・シスレー
1839 − 1899

オーギュスト・ルノワール『アルフレッド・シスレーの肖像画』 1864年

アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley、1839年 – 1899年)は、フランスで暮らす裕福なイギリス人夫婦のもとに生まれた、印象派の画家。

印象派の特徴の一つである戸外制作を中心に、数多くの風景画を残している。

他の印象派の画家たちが、後々印象派的な画風から抜け出し、独自の道を模索していったのに対し、シスレーは終始一貫して印象派的な絵を描き続けた。

アンリ・マティスがピサロに会った際、「典型的な印象派の画家は誰か」と尋ねると、ピサロは「シスレーだ」と答えたと言う。

 

ベルト・モリゾ
1841 − 1895

ベルト・モリゾ『自画像』 1885年

ベルト・モリゾ(Berthe Morisot、1841年 – 1895年)は、フランスのブールジェの裕福な家庭に三女として生まれる。

印象派の中心メンバーの一人で、印象派のなかでも数少ない女性画家。

エドゥアール・マネのモデルとしても有名で、マネの弟のウジェーヌ・マネと結婚。夫や娘の穏やかな光景を描く。

印象派展は、第4回以外の7回で出品している。

小さな伝記

 

オーギュスト・ルノワール
1841 − 1919

オーギュスト・ルノワール『白い帽子の自画像』 1910年

ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir、1841年 – 1919年)は、代表的なフランスの印象派の画家。

伝統美を重んじつつ、戸外制作も行うなど、古典的な作風と印象派の作風とが調和する柔らかな画風が特徴的。

画家人生の後期には作風も変化し、ポスト印象派の画家として数えられることもある。

印象派展は第1回、第3回、第7回に出品している。

作品

小さな伝記

逸話

 

アルマン・ギヨマン
1841 − 1927

アルマン・ギヨマン『自画像』 1878年

アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin *ギヨーマンと表記されることもある、1841年 − 1927年)は、パリ生まれの印象派の画家。

庶民の出身ということもあり、ギヨマンについて知られていることは多くはない。

ただし、印象派展にはほとんど出品する常連で、その激しい色彩からフォビズムの先駆者としても知られている。

印象派展は、第2回と第4回以外は全て出品している。

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メアリー・カサット
1844 − 1926

メアリー・カサット『自画像』 1880年

メアリー・カサット(Mary Cassatt、1844 – 1926)は、アメリカの銀行家の娘として生まれ、フランスで学んだ印象派の女性画家。

フランス生活で友人になったエドガー・ドガに誘われ、印象派のグループに仲間入り。メアリー・カサットも印象派展に出品するようになった。

画風としては、人物画が多く、少女や親子など暖かな家族の情景がよく描かれる。

印象派展は、第4〜6回と、第8回に出品している。

作品

小さな伝記

逸話

 

ギュスターヴ・カイユボット
1848 − 1894

ギュスターヴ・カイユボット『自画像』 1892年頃

ギュスターヴ・カイユボット(Gustave Caillebotte、1848 – 1894)は、印象派の画家の一人だが、あまり名前は知られていない。

写実的な傾向が強く、パリの上流階級の都会的な風景を描いた。

カイユボットがコレクションしていた印象派の絵は、遺言書でルーブルへ寄贈してほしいとあったが、この動きにアカデミズムなどからは激しい反対があったことから、ルーブルは全てではなく、一部を受け入れることとなった。

近年になって回顧展も開かれるなど、画家として再評価の機運も高まっている。

後期印象派、新印象主義

ポスト印象派(または後期印象派)とは、印象派の考え方や手法を継承しつつも、独自の道を歩み出した画家たちを指す、便宜的な呼び名である。

ただし、この呼称は、印象派に対する態度によるものであり、各々の画家の共通性は薄く、それぞれの画家の画風は大きく異なる。

一般的にポスト印象派には、フィンセント・ファン・ゴッホポール・ゴーギャンポール・セザンヌなどが挙げられる。

また、別の流派として、「新印象主義」も存在する。

ジョルジュ・スーラやポール・シニャックなどが新印象主義の代表的な画家として挙げられる。

画家一覧

ポール・セザンヌ
1839 − 1906

ポール・セザンヌ『帽子をかぶった自画像』 1890 − 1894年

 

フィンセント・ファン・ゴッホ
1853 − 1890

フィンセント・ファン・ゴッホ『グレーのフェルト帽の自画像』 1887年

 

ポール・ゴーギャン
1848 − 1903

ポール・ゴーギャン『帽子をかぶった自画像』 1893 – 1894年

 

ジョルジュ・スーラ
1859 − 1891

ジョルジュ・スーラ 肖像写真

 

ポール・シニャック
1863 − 1935

ジョルジュ・スーラ『ポール・シニャックの肖像』 1890年

 

アンリ・マルタン
1860 − 1943

アンリ・マルタン『自画像』 1919年

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
1864年 − 1901年

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『鏡の前の自画像』 1882年