印象派の雑学

印象派の女性画家

印象派の女性画家

印象派は、19世紀半ばから後半にフランスで起こった革新的な芸術運動で、モネやルノワール、セザンヌやシスレーなどの画家たちが中心でした。

印象派のメンバーをはっきり定義するのは難しいものの、主に計8回開催された「印象派展」に参加した画家を指します(印象派の主要メンバー一覧)。

印象派の画風としては、アカデミックで伝統的な技法や題材ではなく、自身の見たままの「印象」を写し取ること、戸外制作、光の変化の描写、パリの近代的な景色が描かれる、といった特徴が挙げられます。

印象派のメンバーは、同世代の男性画家が主ですが、女性画家も含まれています。

印象派の代表的な女性画家としては、ベルト・モリゾと、メアリー・カサットがいます。

ただでさえ、サロンという伝統的な価値観に反旗を翻し、大きな批判も浴びた印象派に参加するということに加え、この時代、女性が画家を目指すということそのものが珍しいことでもありました。

ちなみに、印象派展には参加しなかったものの、マネの唯一の弟子として知られ、その画風からエヴァ・ゴンザレスも印象派に含まれることもあります。

ベルト・モリゾ

ベルト・モリゾ『自画像』 1885年

ベルト・モリゾは、1841年、フランスのブールジェ生まれで、エドゥアール・マネのモデルとしても知られる、印象派の代表的な女性画家です。

モリゾの筆先からは、柔らかな色合いと母娘の絵が多く描かれました。

当初バルビゾン派の画家コローに師事し、その後マネの影響を深く受け、印象派展に関わっていきます。

モリゾは、印象派展のほとんど全て(計7回)に参加しています。

メアリー・カサット

メアリー・カサット『自画像』 1880年

メアリー・カサットは、1844年、アメリカのペンシルベニア州生まれの女性画家です。

アメリカの美術学校を卒業後、フランスに滞在するようになり、フランスで交友関係を結んだエドガー・ドガに誘われ、印象派のグループに仲間入り。印象派展にも出品するようになります。

カサットの作品は、少女や親子など、暖かな家族の情景が特徴的で、印象派展は、第4〜6回と、第8回に出品しています。

エヴァ・ゴンザレス

エドゥアール・マネ『エヴァ・ゴンザレスの肖像』 1870年

エヴァ・ゴンザレスは、1849年にフランスのパリで生まれ、裕福な家庭で育った画家です。

画学について勉強中の二十歳頃に、マネを紹介され、弟子入り。マネの絵のモデルも勤めます。

同じくマネのモデルを担っていたベルト・モリゾとは複雑な関係性で、エヴァに対する嫉妬もあったようで、その辺りの様子は、ベルト・モリゾの伝記映画『画家モリゾ、マネが描いた美女 名画に隠された秘密』にも描かれています。

その後、ゴンザレスは、マネの親しい友人の一人で版画家のアンリ・ゲラールと結婚。1883年、息子を出産します。

しかし、出産からまもなくマネが急死。衝撃を受けたエヴァも、産後に体調を崩し、マネの死の6日後に亡くなります。34歳という若さでした。

エヴァ・ゴンザレスは、師であるマネと同様、印象派展には一度も参加しなかったものの、その作風から印象派の画家に含まれることもあります。

その他、印象派展に参加している女性画家としては、マリー・ブラックモンも知られています。